●2005/09/18浜武レポート「真の再チャレンジ社会とは」

小泉総理が「郵政民営化」を大々的に唱えはじめたのは平成4年12月の宮沢改造内閣の郵政大臣就任記者会見の席である。

小泉純一郎50歳。

それまで、世襲議員として国会の席を温め、YKKトリオの一員として注視。そして厚生大臣に就任するも、今ほど主義主張を明確にする政治家ではなかったし、先輩、同僚、官僚、そしてマスコミに対する「オーラ」は大きくなかった。

とはいえ、その日が来るまで「のほほん」と議員をしていたわけでなく、委員会審議の中で相当問題意識を高めていたに違いないし、何より選挙を勝ち抜いて国会議員というポストに長くいつづけた事が大臣への足掛かりになっているわけだから、自民党というユリカゴの中で大切に育てられた寵児であることは間違いない。

勿論、日本国民が彼に国会議員としての権限を付与してその時がくるまで育んできたとも言ってよいだろう。

ところで、今、日本は一回の試験、一回の成功で得た既得権の上にあぐらをかき努力しないものを駆逐しようとしている。

無論、これは正しい。

しかし、これで叩き出された人間が鍛え直され、第一線に戻って来れる社会にはなっていない。

よって、既得権を持つものが当然の努力をし、当然の見返りとしてさらなる強大な既得権益を確保する。

そして、持たざるものとの差が圧倒的になる。

勝ち目のない「いくさ」は「バカバカしく」なる。事のはじまりで駆逐された努力をしないもの達はその歴然とする差を容認し「いかに努力せずして楽をするか」に心血を注ぐ選択をする。持たざる者同士の醜い争いは洋の東西を問わず歴史を紐解けば事欠かない。

小泉純一郎。絶対に負ける戦をしかけ、総理総裁の道には不可欠な派閥という既得権も持たず頂きを究めた男。これは学歴を持たず、正社員でもない風変わりな派遣社員が会社の社長に上り詰めたような立志伝を想起させる(最近、大学を中退、通 信会社を設立し、強大な既得権益を牛耳るエリート集団と闘い、敗れた青年がいた。彼は総理に比して準備が足りなかったのではなかろうか)。

しかしながら、これほどの猛将でも「ユリカゴ」で育てられてきた時間なくしては成らなかった事は肝に銘じなければらない。

一朝一夕には行き着かない「郵政民営化」という政策的切り札を収斂 し、いくさをしかけるまでに齢50歳。そして、ライバルが金銭スキャンダル、女性スキャンダルで消去され、他方アメリカの「国民皆保険」という買い手が現れるまでにそれから13年。持たざる人間が鍛え直され第一線に戻り、大仕事をするまでの時間は実に長い。

もし、小さくともいい第二の小泉純一郎が生まれる日本に変わるのならこの政局は真の国民運動たる「革命」に昇華するであろう。

もし、小泉純一郎が最後のチャレンジャーになる日本になるのなら、この政局はたんなる改革の名を借りた「破戒」であり、富の偏在による階層社会が深化するだけであろう。

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